yshkn’s blog

島根に長期出張中の文系卒ITエンジニアの日常

プルーストとイカを読んだ

 10点中8点。少し硬いので万人受けはしないだろう。

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

 

 

図書館読書記録第一弾は「プルーストとイカ」だ。

ここ1,2年新書かビジネス書ばかり読んでいたせいか読むのに時間がかかってしまった。内容としても既知のことが少なく難解な部分があったのが一つの理由だろう。もう一つの理由はハードカバーだということだ。僕は寝ころびながら読むことが多いため、ハードカバーをかなり嫌っている。同じ値段で全く構わないのでソフトカバーで出してほしい。ハードカバー撲滅運動を推進していきたいと思っている。

 

早速内容に入ろう。

本書は3つの章で成り立っている。

 

一章目は人類が文字を手に入れるまでの過程を解説している。

最初に驚くことは脳には文字を読むための領域というのは存在しない。文字を発明する以前からの領域を接続させることで読字を行っているということだ。文字を発明する以前と以後で脳のしくみはほとんど変わっていないらしい。

だから、人類は現在になっても読字の能力を一から手に入れるしかない。本章で詳しく話されているが、文字が発展するか否かは次の世代に文字の読み方を効果的に教える方法を持っているか、それが一部の階級のみでなく大衆に開かれているかが重要な要素になっている。

こうして今に至るまで文字言語を発展させてきたわけだが、この章の最後に大きく取り上げられているのが、ソクラテスの読字文化否定論だ。ソクラテスは読字は膨大な知識を手にすることを可能にするが、読み手が必要な情報に絞ることができず、正しく深くまで理解することも保証できない。深く考えることを妨げるのが読字だとして読字文化を否定している。

 

二章目は子供が生まれてからどのようにして読字を習得していくのかを解説している。

幼いころにどれだけ話しかけられたか、どれだけ本の読み聞かせをしてもらったか、それが子供の言語能力、読字能力を大きく左右する。

 

三章目はディスレクシアを解説している。

ディスレクシアとは読字障害のことである。二章目で書いたように読字の習得に効果的な方法があるが、それを人並にやっても大きく能力が劣ってしまう人が一定数いる。アメリカでは15%程度日本でもこの障害に該当する疑いのある人が10%程度いるとされている。主に正しく読めない者と流暢に読めない者その両方と3つに分けられる。言語の種類によって割合が異なることが指摘されている。

ディスレクシアの原因は唯一の定説というものはなくいくつかそれらしい説があるようだ。ただ、多くのディスレクシアに共通するのが、ほかの人より右脳が発達していることだ。読字を行う場合もほかの人は左脳で行うが、ディスレクシアの人は右脳を用いているらしい。

それが原因なのか天才として知られる偉人の中にディスレクシアだと推測される人が多数いる。エジソンダヴィンチ、アインシュタインらがそうだ。また、著者の息子もディスレクシアらしく、建築物の模写を書きやすいからという理由で上下さかさまで描き、その絵の正確さはかなりのものだ。ふつうの人にはさかさまの方が描きやすいという発想は持たず、正確に描くのも相当難しいのではないか。

著者のここでの主張は「ディスレクシアの人は一定数いて、彼らは劣っているわけでも、怠けているわけでもない。ただ異なるだけだ。すばらしい能力を持っている人も多い。また、読字能力の改善に有効な教育方法もある。そういう知識を教育者や親たちが持っていることでディスレクシアの子供たちの未来を拓くことができる。」というものであり、全くその通りであるだろう。

 

最後の締めとして著者は現在の状況を読字文化を否定したソクラテスと重ねる。ネットが普及し増幅し続ける中で、かつてのように本を深く読む機会が減っている。検索したら即座にほしい情報が、さらには画像や動画まで得られるというのは人類にどんな影響を与えるのか。想像力が増す可能性もあるが、逆に難しいことを時間をかけて考えることができなくなるのではと危惧している。

しかし、僕はあまりこの危機感には共感しない。そもそも文字を書いて残しておくこと、それを本などにして読めるようにすることそれとやっていることは本質的にはあまり変わらないのではないか。 もちろん量、速度ともに断絶的な飛躍があるのでそこで致命的な変化が起こることはありうるが特にそんなことはない気がする。

むしろラジオが出たとき、テレビが出たときの方がドラスティックにインプットが変化したように感じる。そこで致命的な何かは起こっていないと考えているので今のままならそんな危機感は不要ではないか。ただAIの発展がすさまじい昨今5年先も同じことが言えるかどうかはわからない。

 

読むのにも時間がかかったが、書くのにも時間がかかってしまった。もう少し簡潔に短時間で書きたい。

 

採点についてはリンクの記事に書いてあります。